旅のゆりかご

「近日中に伐採予定」

大人が2人で両手を回し囲んでも、届かないくらいに大きくなった桜の木。

張り紙が括られたロープが巻き付けられていた。

原因はきのこ。

根を腐らせているそうで、大木が倒れる前に伐採するらしい。

そういえば数日前、桜の木を見上げて、幹に手を当てている人がいた。

そういうことか、と今更に思う。

コンクリートから抜けだして、雑草が茂る土を踏み、木のふもとに立った。

手袋を外し、ごつごつとした木肌に触れる。

上を見上げると、枝にはたくさんの蕾がついていた。

桜の木は葉が落ちるころから早々と、冬明けに咲く花の準備をしている。

あと少しのところまで膨らんだ蕾を見て切なくなった。

「知っているのかな…」

あたりまえだけれど、伐採されることが決まっていても、その瞬間まで膨らみ続けるのだろうから。

この世界に存在するあらゆるものは、終わりを迎えたとしても形を変えるだけであり、完全に消失はしないのだそう。

桜の木も、またどこかに巡るのだろうか。

向かいの家からはピアノの音が聞こえていた。

ゆりかごのような音色に身をゆだね、めぐりゆくその旅が、どうか優しいものになりますように。